駿台同窓会

HOME | 駿台同窓会 | 移りゆく学び舎

移りゆく学び舎

駿河台校舎から現在の王子校舎までをご紹介。

駿河台校舎

「東京市神田駿河台1丁目2番地」は、駿台学園の生いたちの地である。当時は、駿台商業学校として、明治大学政経学部の建物にあった。現在の神田駿河台にあった。駿台学園の創立は、昭和7年2月23日。

小石川校舎

昭和13年10月瀬尾校長にバトンが移って、更に経営は困難を極めた。しかし、「城は小さくとも、誓って天下の名城たらん」が徹底した。昭和20年5月25日、戦災で校舎が焼失。一時、世田谷の瀬尾校長宅に移転。台東区黒門小学校、二長町小学校へと再移転した。

赤羽校舎

昭和26年3月北区赤羽岩渕町へ移転。1学年2クラス、苦労の連続という時代。昭和33年に駿台学園中学校、駿台学園高等学校へと名称を変更。

板橋校舎

昭和35年から38年までの2年10か月間の仮校舎。江川太郎左衛門が江戸砲術研究をした地で、明治時代陸軍の火薬庫となったところ。弾痕がそこ、ここにあった。

昭和38年移転時の王子校舎

昭和38年に2階建て(1号館)と5階建ての新校舎(2号館)が完成(現在の王子校舎)。校舎の周りは、レンガ造りの建物が多く見られ、高層建築は少なかった。

昭和52年~平成14年の王子校舎

昭和52年に体育館・講堂(プライマス・メモリアル・ホール)が完成。翌年、2号館に増築校舎を完成。

現在の王子校舎

平成23年に校舎・体育館の耐震補強工事を終了。

新1号館

平成24年12月に耐震改築工事で、新1号館が竣工。モダンな建物の屋上に、テニスコートを備えた。大きな窓で明るい教室。障害者にもやさしい校舎、エレベーターやスロープも整備された。

 

toTop