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学校行事

中学3年 修学旅行リポート 最終日

2022/11/14

5日目 京都→東京

10月28日(金)、4泊5日の修学旅行も最終日を迎えました。

まずは浄土真宗本願寺派の本山、西本願寺に向かいました。西本願寺で驚かされるのは、その堂宇の大きさです。1636年に再建された御影堂は幅62m、高さ29m、1760年に再建された阿弥陀堂は幅45 m、高さ25m、両堂が並んでそびえる姿はまさに壮観で、秋の朝の澄んだ青空を背景に、まさに堂々とした存在感を放っていました。現在の御影堂は江戸時代に再建されたものですが、石山合戦で織田信長を苦しめた浄土真宗の往時の力を、今にも伝えてくれているような気がします。

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次に広隆寺に向かいます。広隆寺は平安京が成立する前から京都にある寺院で、渡来系氏族の秦河勝が聖徳太子から賜った仏像を本尊として建立されたといわれます。その本尊とされる弥勒菩薩半跏思惟像は国宝彫刻第一号であり、数ある仏像のなかでも異に有名で、誰もが教科書等で一度は目にしたことがあると思います。弥勒菩薩は片足を他方の足の上に乗せた姿(半跏思惟)で、人々を救済する方法を考え思索にふける様子が表現されています。ほの暗い宝物館の中で、弥勒菩薩は清らかな気品をたたえて生徒を迎えてくれました。

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次に嵯峨野観光鉄道の亀岡駅からトロッコ列車に乗って嵐山駅へ向かいます。今回の修学旅行は好天が続きましたが、この日も快晴で、保津川の流れも比較的穏やかに見えました。列車が進むと保津川下りをする船が見え、ところどころに色づき始めた木々があり、美しい秋の景色が広がっていました。

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嵐山駅でトロッコ列車を降り、渡月橋とならんで嵐山のシンボルとされる竹林の小道を抜けて天龍寺へ。天龍寺は後醍醐天皇の菩提を弔うために、天龍寺船で元との貿易で得た造営費で足利義満が建立した寺院です。その開山である夢窓疎石の作庭した面影をとどめる池泉回遊式庭園は、史跡・特別名勝に指定されており、美しく色づいた紅葉がその池に見事に照り輝いていました。

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昼食を嵐山でとった後向かった先は、大政奉還で有名な二条城。元々は江戸幕府初代将軍徳川家康が、天皇の住む御所をはじめとした京の守護や、将軍上洛時の宿所とするために築城した城です。しかしながら、三代将軍家光が30万あまりの兵をつれ上洛、入城したのを最後に二条城が将軍を迎えることは途絶え、再び将軍を迎え入れるのは幕末、14代将軍家茂の上洛を待たねばなりませんでした。その後、徳川慶喜が二条城において15代将軍の拝命をうけ、間もなく大政奉還を迎えることになります。そういった徳川幕府の歴史の盛衰を体現したような城ですが、現在は2011年から20年かけた大規模な修理事業の途中にあります。すっかり黒ずんでしまっていた襖絵などが鮮やかな複製品に替えらていますが、本物が見られなくなてしまったので、良かれ悪しかれです。往時の華やかさを再体現できていると考えて、よしとしたいと思います。

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最後の見学地は京都御所です。1330年代以降現在の場所が御所として使われ、建物は幾度となく火災に遭いましたが、その都度再建されました。現在の建物はほぼ幕末の1855年再建のものです。まずは禁門の変で有名な蛤御門の前で集合写真を撮りました。生徒は門のいたるところに弾痕が残っていることに驚いていました。幕末をリアルに感じた瞬間と思います。

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その後、清所門をくぐり、受付を済ませて京都御所内へ入りました。さすがにセキュリティーが厳重で、参観コースも決められており、御車寄、新御車寄を見学しつつ、建礼門の前をとおり、内裏の正殿である紫宸殿へ。そこには白砂が整然と敷き詰められた南庭が広がっており、その向こうに古式に則って再建されたという格式の高い紫宸殿の姿を遠望できました。

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京都御所を出た後はそのまま京都駅に向かい、新幹線に乗り、ほぼ予定通りの時刻に東京駅に到着して、4泊5日の修学旅行を終えました。今年の修学旅行は天候にも恵まれ、コロナ禍で実施された修学旅行ではありましたが、体調不良者も出ませんでした。

 

旅行中に学んだことを、今後の学習や人生に生かして欲しいと思います。

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