お知らせ一覧

HOME | お知らせ一覧 | 学校行事 | 国外修学旅行 4日目 ヴィーン

学校行事

国外修学旅行 4日目 ヴィーン

2019/03/06

3月5日(火)

ヴィーン見学の2日目、昨日ほど気温は高くないものの、日中は気持ちよく晴れて、行動しやすい1日となりました。昨晩から宿泊しているホテルは、朝になって気づいてみるとなんとドナウ河畔に建っています。朝食後には朝日に輝くドナウ川(と言っても美しくも青くもありません)を背景に写真を撮る生徒もいました。

本日の最初の見学地は、シェーンブルン宮殿です。ハプスブルク家君主の夏の離宮として建築された宮殿ですが、現在では季節を問わずその美しさで訪問者を魅了しています。バスから宮殿が見えると生徒からは「すごいとしか言えない」「これこそ宮殿だよね」という感嘆の声が聞こえてきました。

3月5日-1.jpg 3月5日-2.jpg

今年は先に中庭を見学しました。2日前に見たかつてのオーストリアのライヴァルであるプロイセンのサン・スーシ宮殿と同じような黄色い外壁が印象的ですが、規模はこちらの方が格段に大きいのが印象的です。また、飛行機で1時間強南に移動し、さらに晴天に恵まれたためか、こちらの宮殿の方が明るく開放的に感じられます。今年は暖かいためか、すでに花が植えられて彩豊かな庭は印象的でした。

3月5日-3.jpg

さて、実際に宮殿の内部入ってみると、ここも基本はロココ様式です。中でも、18世紀マリア・テレジアの時代に完成された大広間が特に生徒を惹きつけていたようです。高さ10m×幅10m×長さ40mの空間に、巨大な天井のフレスコ画が3つ並んでいるので、下から見上げる私たちは確かに圧倒されてしまいます。他にも、中国部屋には漆塗りの屏風があったり、日本の伊万里焼や蒔絵のタンスがロココ様式の中に織り交ぜられていたりして、当時の貴族の東洋趣味が濃厚に感じられ、生徒の注目を集めていました。また、当時の皇帝の会食はしばしば公開され(これが「見世物の食事」という意味で「シャウエッセン」と言われたこと、この宮殿でマリア・テレジアとその子供たちが育ち(その一人がマリー・アントワネット)、天才少年モーツァルトが御前演奏をしたこと、あるいは没落したナポレオンの息子が母方の祖父であるオーストリア皇帝フランツ1世を頼ってヴィーンでその短い生涯を終えこと等々、この宮殿と関連のある話を昨日に続いて治田さんのテンポ感ある説明で聞くうちに、生徒はすっかりハプスブルク家やナポレオンの「通」になっていたようでした。

3月5日-4.jpg

次の目的地への移動中には中世ヨーロッパの衛生事情についての説明もありました。シェーンブルン宮殿のような見た目の美しい場所も、風呂もトイレもなく、貴族の送迎の馬車をひく数多くの馬が宴会の間中庭で糞尿をほとんど垂れ流しにしていたことを考えると、宮殿の内外は当時はひどい臭いだっただろう、昔の生活なんでまったく優雅ではないという話に、生徒は驚いていました。綺麗に飾られた表面だけでなくその裏側も知ることで、生徒はより強く深く印象を刻んだことと思います。

続いての見学地は美術史美術館です。ハプスブルク家のコレクションを集めるために19世紀に最初から美術館として建てられたもので、建物全体に、ルネサンスを称えるべくネオ・ルネサンス式のデザインが採用されています。入口すぐの階段を登ると、上部には古代エジプトから近代までの美術を表現したクリムトの壁画あり、内装へのこだわりも見られます。名画が多く、今回のように限られた時間ではとても全てを見ることはできませんが、この日に特に時間をとって見学したのは、北方ルネサンスのデューラーの作品、ブリューゲルの「バベルの塔」から庶民生活に題材をとる作品(18世紀以前では珍しく、そのため彼は「農民画家」とも呼ばれます)、17世紀オランダ絵画から、レンブラントの自画像やフェルメールの「絵画芸術」、ベルギーからはルーベンス工房の聖イグナティウス・ロヨラや聖フランシスコ・サヴィエルを称える巨大な作品等々でした。この他にも、イタリア・ルネサンスの巨匠ラファエロの「聖母子像」や、17世紀スペインのヴェラスケスの「マルガリータ」の一連の肖像画、あるいは生徒が妙に関心を持った奇才アルティンボルトの諸作品も見て回り、実に密な2時間でした。美術に明るくなかった生徒も、今回の見学ではハプスブルク家の歴史にも関連付けながら、理解を深められたのではないでしょうか。

3月5日-5.jpg 3月5日-6.jpg

 3月5日-7.jpg

美術史美術館で名画を堪能した後は、徒歩でレストランまで移動。途中、よく音楽の教科書などにも出てくるモーツァルトの銅像前で記念撮影。ト音記号の形に花が植えられていました。昼食はグーラシュのスープとヴィーナーシュニッツェル(ヴィーン風のカツレツ)。前者はハンガリー、後者はミラノ期限の料理で、かつてのハプスブルク帝国の領域の広さを感じられるメニューです。

3月5日-8.jpg

昼食の後はホーフブルク宮殿。ルドルフ1世の逸話を聞きつつ中庭を通って内部を見たあとは、皇帝の部屋と併設されているシシィ博物館(シシィはオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフの后、エリーザベトの愛称)を見学しました。人前に出なかったシシィは生前国民から関心を持たれることがあまりない存在でしたが、1898年の暗殺後は伝説化し、1955年にロミー・シュナイダー主演の映画が作られると、その伝説(多くが不正確)が独り歩きして世界的な人気を博したといった治田さんの説明を、生徒はかなりの興味をもって聞いていました。ある年齢以後は側近にもその姿を見せなかったため、若き日の肖像や写真が合成され使いまわしされたそうです。しかし、ここでの見学上ののポイントは、明らかに黄昏に向かっていたヨーロッパの君主制という体制の実像であり、第一次世界大戦を生じさせてしまった当時の諸情勢であるかもしれません。シシィの人物像を通して、夫であったフランツ・ヨーゼフ皇帝の支配下の諸民族の自治を許したくない政治的立場、しかし68年間帝位にあったがゆえの圧倒的な民衆からの人気についても、理解を深めることができました。フランツ・ヨーゼフがあまりに偉大であったがゆえに、本来後継者となるはずだった人たちが心中、暗殺といった事情で帝位を継げず、結果として遠縁のカールが皇帝となると、オーストリアの帝政は第一次大戦敗戦という国家的危機の中で終焉を迎えざるをえなかったという歴史の流れが再確認できたことでしょう。

3月5日-9.jpg

ホーフブルク宮殿の後は、ゆっくりとヴィーンの繁華街を歩き、昨日訪れたシュテファン大聖堂前で解散し、1時間強の自由行動の時間をとりました。ここで生徒たちはお土産を買ったり、オーストリアの名物であるウィンナー・ソーセージを食べたりしていました。

3月5日-10.jpg

シュテファン大聖堂の近くで夕食を済ませた後、ケルントナー通りをゆっくりと歩き、この日最後の目的地であるウィーン国立歌劇場に向かいました。今晩の演目は、オペラ「愛の妙薬」(ドニゼッティ作曲)。ほとんどの生徒いとってオペラの生演奏は初めてのことだったと思います。この世界最高峰といわれる歌劇場で演奏するメンバーの精鋭が自主活動しているのが有名なヴィーンフィルハーモニー管弦楽団です。一日中歩き通しだったのでさすがに生徒も疲れが見えましたが、ヨーロッパの歴史を感じさせる内部の装飾は日本では見られないものです。各座席の前に設置された小型モニターで日本語の字幕を見ることができるため、大変わかりやすく生徒たちも堪能することができました。さすがに劇場の中には、かなりの数の日本人客がいました。

3月5日-11.jpg

オペラが終わって外に出ると、やはり空気は冷えて小雨も降っていたので、足早にバスへと乗り、ホテルに向かいました。明日は、07:15の出発です。

 

toTop